日本化学繊維協会(以下「化繊協会」)は、持続可能な社会の実現に向けた化学繊維産業の対応方針を策定し、2021年7月に公表した。パリ協定や日本政府の2050年カーボンニュートラル宣言を受けて、その政策に寄与するためにも、「守り」と「攻め」の両面からカーボンニュートラルに向けて取り組んでいく。
I. 化学繊維産業の課題認識
化学繊維の生産量(t) | 化学繊維のエネルギー消費量(原油換算k) | エネルギー原単位(kl/t) | CO2排出量(t - CO2) | |||
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スコープ1(直接排出) | スコープ2(間接排出) | |||||
1990年 | 1,811,772 | 1,660,728 | 0.92 | 4,351,971 | 91% | 9% |
1995年 | 1,803,800 | 1,643,272 | 0.91 | 4,306,227 | 92% | 8% |
2000年 | 1,642,947 | 1,462,864 | 0.89 | 3,833,464 | 92% | 8% |
2005年 | 1,249,344 | 1,041,904 | 0.83 | 2,730,330 | 89% | 11% |
2010年 | 998,017 | 691,088 | 0.69 | 1,811,010 | 84% | 16% |
2013年 | 979,679 | 663,652 | 0.68 | 1,739,113 | 82% | 18% |
2014年 | 975,714 | 642,736 | 0.66 | 1,684,303 | 83% | 17% |
2015年 | 959,684 | 649,690 | 0.68 | 1,702,526 | 83% | 17% |
2016年 | 911,884 | 608,589 | 0.67 | 1,594,820 | 83% | 17% |
2017年 | 902,024 | 602,032 | 0.67 | 1,577,637 | 83% | 17% |
2018年 | 879,611 | 592,368 | 0.67 | 1,552,312 | 83% | 17% |
2019年 | 818,080 | 559,580 | 0.68 | 1,466,391 | 83% | 17% |
出所:繊維・生活用品統計年報、石油等消費動態統計年報(化学繊維工業/化学繊維製品)を参照して化繊協会取り纏め。
備考:上表は、化学繊維製品の製造に係るエネルギー消費量とCO2排出量である。PAN系炭素繊維の耐炎化工程以降およびピッチ系炭素繊維のエネルギー消費量は含まれない。
・2019年の化学繊維産業のエネルギー消費量は56.0万kl(原油換算)、CO2発生量は147万tであった。化学繊維産業のエネルギー消費量とCO2排出量は、化学工業全体の約1%、産業全体(エネルギー転換分野を除く)の約0.3%である。
・エネルギー消費量は、1990年比で66%削減、2005年比で46%削減、2013年比では16%削減している。
・CO2の排出源別発生率(2019年)は、スコープ1(直接排出)が83%、スコープ2(間接排出)が17%である。スコープ1は自家発電用等燃料の消費に由来するものがほとんどであることから、燃料転換による低炭素化、炭素循環化、脱炭素化が今後の対策の鍵となる。製造面では、スマートファクトリー化による一層の省エネ、生産性向上等が対策課題となる。スコープ2は購入電力に由来する排出であり、電力会社からの供給電力のゼロエミッション化が必要である。
・上記の表には含まれていない、スコープ3(サプライチェーンの上流または下流からの排出)に関しては、リサイクルや植物由来原料への移行による原料の炭素循環促進や、最終製品として省エネや新エネルギー等に寄与する製品の開発・普及を通じて社会全体のカーボンニュートラル実現に役割を果たしている。
Ⅱ.カーボンニュートラルに対する協会体制
化繊協会では、以下の体制でカーボンニュートラルに向けた対応を行っている。
取組み | 対応組織 | |
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1.原料の炭素循環 | 資源循環型繊維の開発
| 技術委員会 |
資源循環型繊維の普及促進
| サステナブル 推進委員会 | |
資源循環型繊維の標準化
| 標準化委員会 | |
2.生産活動における 削減、構造転換 |
化繊産業全体の対策
| 環境・安全委員会 |
エネルギー部門の対策
| 動力専門委員会 | |
製造部門の対策
| 技術委員会、情報・ 通信システム専門 委員会 |
|
物流部門の対策
| 物流専門委員会 | |
3.製品の使用段階 での排出削減 |
環境貢献製品の普及促進
| サステナブル 推進委員会 |
Ⅲ.カーボンニュートラルに向けた取組み状況
1. 「原料の炭素循環」の取組み
(1)資源循環型繊維の開発
-
・回収PETボトルなどを原料とするリサイクル繊維が既に実用化されているが、低炭素化や資源循環の観点から、繊維to繊維リサイクルも含めてさらなる拡大に向けて検討している。
・化石資源由来原料を植物由来原料に移行することによる低炭素化や、植物由来原料を使用した新しい化学繊維(バイオマス化繊)の開発にも継続的に取り組んでいる。
・リサイクル繊維(再生ポリエステル繊維、再生ナイロン繊維)は、バージン品比で30~50%程度のCO2削減に寄与し、植物由来原料を使用したバイオポリエステル繊維は化石資源由来ポリエステル繊維との比較で30%程度のCO2削減効果が報告されている。年間約30万t生産しているポリエステルとナイロンをリサイクルや植物由来に移行するとした場合、16万t~30万tのCO2削減ポテンシャルがあると試算される。
(2)資源循環型繊維の普及促進
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・リサイクル繊維やバイオマス化繊など、環境配慮型繊維の普及促進のため、回収・リサイクルの仕組みの検討や、グリーン需要喚起(グリーン購入法、エコマーク制度対応等)などの取り組みを行っている。
(3)資源循環型繊維の標準化
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・リサイクル繊維におけるリサイクル原料比率やバイオマス化繊におけるバイオ成分の混率表示など、環境配慮型繊維の環境性能の見える化、環境性能がより高いものが市場で評価される仕組みづくりについて検討している。
2. 「生産活動における削減、構造転換」の取組み
(1)省エネルギー、CO2排出削減
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・日本の化学繊維産業は国際競争力維持と環境対応の両面から化学繊維の高機能化・高性能化と世界最高水準の省エネを同時に達成してきた。
・これまでにあらゆる省エネ対策を実施してきており、既存の対策だけでは今後の大規模な省エネやCO2排出削減は難しいが、①燃料転換の一層の推進、さらには、②再生可能エネルギーの活用、③革新的省エネ/CO2排出削減技術の活用(高効率コージェネレーション、カーボンリサイクル技術、CO2分離回収・利用等)など、新たな対策も盛り込んでカーボンニュートラルに向けて努力を継続する。
・化学繊維産業は熱利用が多いため、自家発電により熱(蒸気)と電気の両方を供給するケースが多く、その際に燃料(石炭、重油、ガス等)を消費している。水素、アンモニア等を利用した脱炭素化発電技術の開発に注目しつつ、発電技術や脱炭素化燃料の流通が未発達の現状においては、必要に応じて熱から電気への転換(設備の電化)を行い、熱と電気利用のバランスを最適化(燃料最小化)することが重要となる。
主な対策内容 1970~80年代 ①重合工程の連続化・大型化
②製糸及び乾燥工程の合理化
③排熱の回収利用 など1990~2010年代 ①コージェネレーションの導入
②各種機器のインバーター化
③排熱回収の強化
④ボイラ・タービンの高効率化
⑤ボイラ運転条件の最適化
⑥燃料転換 など2020年以降 ①燃料転換(低炭素化、循環炭素化、脱炭素化)
②再生可能エネルギーの活用
③革新的省エネ/CO2排出削減技術の活用 など (2)低炭素社会実行計画(カーボンニュートラル行動計画(化学産業))に基づく対応
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・日本経済団体連合会の低炭素社会実行計画(カーボンニュートラル行動計画(化学産業))に化学繊維の主力企業(10社)が参画し、同目標・行動計画に基づいて取り組みを進めている。
化学産業の2030年目標
・BAU比:650万t-CO2削減
・絶対量:679万t-CO2削減(両目標を併記(両目標達成にて、目標達成)、2013年度基準)
・日本化学工業協会は、2021年5月に化学産業のカーボンニュートラルに向けたスタンスを示しており、化学繊維メーカーは、化学産業としての立場からも日本化学工業協会が示す方向性に基づいて取り組みを進めている。
(3)スマート化(DX活用)
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・省エネ、生産性向上、廃棄物削減のためにもデジタルトランスフォーメ-ション(DX)の活用によるスマートファクトリー化が期待される。化学繊維製造への導入可能性やサプライチェーン全体での低炭素化に向けて検討していく。
(4)持続可能な物流の推進
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・船舶や鉄道へのモーダルシフト、パレット等の活用、共同運送など、物流面からも低炭素化に取り組んでいる。
3. 「製品の使用段階での排出削減」の取組み
(1)環境貢献製品の普及促進
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・軽量化、長寿命化、高効率化等により環境負荷低減に寄与する製品、再生可能エネルギー/新エネルギーに寄与する製品(風力発電用部材、水素タンク、電池用部材等)の促進に取り組んでいる。
Ⅳ.カーボンニュートラル取組みにおける政府への要望
化学繊維産業はカーボンニュートラルの実現のために以下を要望する。
① 低炭素化を着実に進めていくための仕組みの構築
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・産官民一体となった「繊維to繊維リサイクル」実現に向けた検討、および輸入品を含めたコスト負担の仕組み
・源循環型繊維(リサイクル化繊、バイオマス化繊等)の普及に向けた消費者の意識付けと、ユーザー産業や消費者がこれら製品の環境性能を判別し、正しく選択できるような表⽰制度や認証制度等の構築
・低炭素化のための設備投資および燃料転換等におけるコスト上昇を社会全体で負担する国際的に整合性のとれた仕組みの構築
② 低炭素化の技術開発支援および導入支援
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・バイオ化繊、リサイクル繊維などの技術開発支援、設備の導入支援
・低炭素化・脱炭素化に寄与する設備(自家発電設備、再生可能エネルギー設備、革新的省エネ/CO2排出削減設備)の導入支援
・脱炭素化(水素、アンモニア利用等)発電技術の早期の開発、確立
・脱炭素化に資する技術開発や社会実装の支援(カーボンリサイクル技術、CO2分離回収・利用技術、バイオ燃料製造技術、大容量蓄電材料開発、各種燃料貯蔵技術、等)
③ 脱炭素化エネルギーの安定・安価な供給
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・電力会社からの供給電力の2050年ゼロエミッション達成
・脱炭素化燃料(水素、アンモニア等)の安定・安価な供給(安定供給可能な体制構築と企業への支援。価格面では、価格を下げること以外に用途別や地域別価格差の均衡策を含む)
Ⅴ.化学繊維産業のスタンス
・日本政府の2050年カーボンニュートラル宣言は、極めて高い目標であるが、日本の化学繊維産業が持続可能な社会の実現と国際競争力の維持を両立するためにも重要な政策である。
・化学繊維産業はその実現に向けて、「守り」と「攻め」の両面から積極的に取り組んでいく。即ち、「守り」では、①燃料転換、②再生可能エネルギーや革新的省エネ/CO2排出削減技術の活用、③プロセスの高度化(スマートファクトリー化)などの取り組みを加速するほか、「攻め」では、①リサイクル繊維や植物由来繊維の開発・拡大、②軽量化、長寿命化、高効率化等を実現する製品、③再生可能エネルギーや新エネルギーに寄与する製品などの提供を通して貢献する。
・これらの対策によりカーボンニュートラルの達成に寄与する。