日本化学繊維協会と炭素繊維協会は
2014年7月1日に統合しました

環境にやさしい繊維
常圧可染PET

従来よりも低い温度で染色可能に~CO2排出量を削減~

日本の合繊メーカーは環境に配慮した素材を多く持ちますが、その一つとして従来よりも低い温度での染色を可能としたポリエステルが開発されています。ポリエステルは染めにくい素材で、通常は130~135℃の高温・高圧下で染色されます。それを常圧で染色できるようにすれば、染色工程におけるエネルギー消費量・CO2排出量の削減につながります。
また、繊維の中にはウールやアクリルなど高温高圧下の染色では強度や風合いが低下する恐れのあるものもありますが、染色温度を下げることで相手素材の特性を損なうことなく組み合わせることが可能となります。

結晶性が高く染め難い繊維

ポリエステルは化学繊維の中で最も生産量が多く、衣服やインテリア、産業資材など様々な用途に使用されています。優れた強度、扱いやすさなどが特徴ですが、その一方で分子の結晶性が高く構造が緻密であるため染色しにくい繊維でもあります。
繊維製品の染色に使われる染料には様々な種類がありますが、ポリエステルは通常、分散染料で染められます。
分散染料は、繊維の非晶部分の隙間から染料分子が繊維内部に拡散していくことで色が着きます。ただ、ポリエステルは非常に緻密な構造であるため、染料分子が拡散しにくいのです。
染色とは、繊維の中に染料を入り込ませ、そこに長く留まらせることと言えます。ポリエステルは非晶部分の隙間が非常に小さく染料が入り込みにくい。このため、通常は130℃の高温高圧下で染色を行います。ガラス転移点以上に温度を上げることでミクロブラウン運動が活発化して高分子鎖の隙間が開くためで、その間に染料分子を入り込ませます。そして常温になると高分子鎖の隙間は元に戻りますので、染料分子は閉じ込められる形になります。
一方、ウールやアクリル、ポリウレタンなど、130~135℃という高温高圧染色では風合いや特性が低下してしまう恐れがある繊維もあります。他素材との複合化は、それぞれの利点を組み合わせて商品としての付加価値を高めるのに有効ですが、ポリエステルは高温で染めなければならないために難しい面がありました。また、染色工程では130~135℃にまで温度を上げるために大きなエネルギーが必要となり、環境意識の高まりとともに省エネ化も課題となっていました。
従来よりも低い温度での染色を可能としたポリエステルはこれらの課題を解決し、他素材との複合による商品化を容易にするとともに、染色工程におけるエネルギー消費量や温室効果ガス排出量を大きく下げることにつながります。

ポリマー改質で常圧染色を可能に

ポリエステルを従来よりも低い温度で染色するには様々な手法があります。例えばキャリア染色では、ポリエステルを常圧・100℃で染色することができます。染着を促すために、親和性のある有機化合物「キャリア」を助剤として使う染色方法で、ポリエステルが開発された当初の1950年代はこの手法が主流でした。
ただ、キャリアは臭気や毒性など安全面で問題のある物質も含まれるなどの問題があり、染色液の回収・後処理を慎重に行わなければなりません。環境・安全面の問題からこの手法は少なくなり、密閉加圧染色機の開発とともに主流は130℃での高温染色に移り変わった経緯があります。
その後、キャリア染色以外の手法で染色温度を下げるための開発が進められました。例えば高速紡糸、高ドラフト紡糸、異型断面化などで染色温度を下げる手法があります。近年は、クラレの「ピュアス®」(105℃染色)、KBセーレン「ビサール®」、東レの「ポリロフト®」など分散染料を使って常圧での染色を可能とした商品が多く開発されました。これらの商品はいずれもポリマー改質により常圧染色を可能とした商品で、他素材との複合を容易にするとともに、省エネルギー化・温室効果ガス排出量の削減につなげています。
第三成分を共重合するなどポリマー改質による常圧可染タイプにはかつて低強度になりやすいなどの課題もありましたが、ポリマー改質技術の進化により解決され、通常のポリエステルと同様に扱うことができるようになっています。

カチオン染料での常圧可染タイプも

常圧可染ポリエステルでのポリマー改質の概要の一つは、他の成分を共重合して染色しやすくするというものです。その中で、ポリエステルにスルホン酸基を導入し、カチオン染料による常圧染色を可能にしたポリエステルも開発されています。
前述のようにポリエステルの染色には分散染料が使用され、通常はカチオン染料で染色することができません。
カチオン染料は主にアクリル繊維で使われている染料で、染料分子の官能基が繊維非晶部にある官能基とイオン結合することによって着色されます。しかし、ポリエステルは非イオン性で染料分子と結合する官能基を持ちません。このためカチオン染料で染めることができないのですが、化学的にスルホン酸基を導入することでカチオン染料での染色を可能としました。
カチオン染料はイオン結合により化学的に染色されますので、分散染料に比べて発色性がよく、染色堅牢度も優れるなどの特徴が得られます。カチオン染料による常圧可染タイプとしてはKBセーレンの「ルシーナ®」、東レの「ポリフォニック®」シリーズ、三菱ケミカルの「A.H.Y®」などの商品があります。

クラレトレーディング「ピュアス®」

クラレトレーディングは分散染料により、105℃での染色が可能なポリエステル長繊維「ピュアス®」を2011年に発表しました。独自のポリマー変性技術により染色温度を下げることに成功した商品で、染色工程におけるCO2排出量を従来比約25%削減することができます。染色堅牢度や繊維強度は従来品と同様で、スポーツやブラックフォーマルといった一般衣料や資材など幅広い分野に展開しています。
商品バリエーションも広がり、十字断面タイプ、繊維表面に微細な孔を設けたミクロクレータータイプ、短繊維、「ソフィスタ®」との複合など様々なタイプをそろえています。

  • 「ピュアス®」で作られたスポーツ衣料
    (クラレ提供)

東レ「ポリロフトNP®」

東レは分散染料を使って常圧(98℃、1気圧)で染色可能なポリエステル「ポリロフトNP®」を展開しています。分散染料による常圧での染色を可能とした「ポリロフト®」を進化させた素材で、従来の130~135℃での染色に比べて、約25%のエネルギー削減効果と約25%のCO2削減効果が得られます。
また、「ポリロフトNP®」は課題となっていた色相や品質の経時変化を抑制することで、仮撚加工糸への展開を可能にしました。アルカリ減量を行う場合のポリエステルの溶出速度を抑制したことから繊細な風合いも実現できます。衣料用途のほか、服飾資材、自動車用途など幅広い分野に展開しています。

  • 「ポリロフト NP®」インナー
    (東レ提供)

三菱ケミカル「A.H.Y®」

三菱ケミカルは、カチオン染料により常圧染色が可能な「A.H.Y®」を展開しています。内部まで充分に染料が入り込みやすいポリマー設計にすることで、100℃域でのカチオン染色を可能としました。鮮やかな発色性、優れた染色堅牢度のほか、適度なしなやかさとシルクのような光沢を兼ね備えるなどの特徴を持っています。

KBセーレン「ルシーナ®」

KBセーレンの「ルシーナ®」はポリマー改質により、100℃の常圧下でカチオン染色を可能としたポリエステル繊維です。相手素材の特性を損なうことなく、天然繊維やポリウレタンとの複合が可能となります。ソフトな風合い、シルキータッチのしなやかさのほか、直接連続重合法によるチップを使用しているのが特徴で、高強度、高伸度、高均一性などの特徴があります。細繊度糸、ハイマルチ糸としても展開しています。

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